このブログのタイトル「真珠の門を通って」を考えるにあたって参考にしたソースがあります。それが、R.シュタイナーに造詣の深い小林直生先生による黙示録の新エルサレムの宝石に関する講演録のDVDです。
「新エルサレムを造る十二の宝石」Vol.2『新エルサレムの門はどうして真珠なのか?』ーその秘教的考察ー
>>>涼風書林のWebsite
ちなみに今、上記のDVDは、今手に入りにくくなっているみたいなんですよね・・・
このDVDの中で、未来の地球(木星紀の地球)のメタファーである新エルサレムの門は真珠であるのはなぜか?ということが、シュタイナーの人智学やその他いろいろなインスピレーションをもとに語られています。
DVDの中身をぜひ見ていただきたいのですが、なかなか入手しにくいということもありますので、ここでカンタンに内容を要約しますね。※それほど簡単じゃないかもですが・・・^^;
黙示録で描かれている新エルサレムとは?
黙示録は、預言者ヨハネが未来のこととして霊視した内容を記した秘教的な文書です。
実は、現在新約聖書の一部となっている黙示録は長年禁断の書とされており、一般には公開されてきませんでした。
しかし、黙示録は、20世紀になってから公開されるようになりました。
これは、人類が黙示録を理解できるまでに成熟した、あるいは、人類が黙示録によって預言されている時代を生きるようになった、ということが理由です。
つまり、2020年現在私たちは、現在進行形で黙示録に描かれている状況を生きているということなのです。
その黙示録の中では、人類がこれから体験する様々な困難や災害の描述がたくさん続きます。
しかし、最後に(黙示録21章・22章)、今後新しく生まれる新エルサレムという都の描写があります。
この新エルサレムは、シュタイナーの言う木星紀の地球、すなわち私たちが現在生きている地球紀の次の時代(年数でいうと数千年単位)の地球の姿なのです。
つまり、新エルサレムは、いわば私たちにとって天国(とはいえ木星紀の後も時代は続くので完璧な天国ではないようですが)に等しいもの、近未来の進化した地球の姿であると考えられます。
そのため、新エルサレムの姿を知ることは、私たちが黙示録的な艱難を希望を持ちつつ体験していくために必要な希望の姿を示しているといえます。
未来の地球である新エルサレムの「門」とは?
預言者ヨハネによると、新エルサレムは宝石から構成されています。
そして、その都の入り口にあたる門に使われているのが真珠だと言われています。
十二の門は十二の真珠であり、門はそれぞれ一つの真珠で造られ、都の大通りは、すきとおったガラスのような純金であった。(黙示録21章21節)
「門」というのは、感覚器官のメタファーであると言われています。
つまり、未来の地球、そして未来の人類の感覚器官が「真珠」であるというのです。
では、なぜ新エルサレムの門は真珠なのでしょうか?
次の記事では、その秘教的な意味を考察していきたいと思います。